同情するなら愛をくれ


「来いよ! ダイアン!」
 
 とんでもねぇ奴と知り合ったのだと確信したのは、再会した時だ。出会って二度目でトンデモナイと思う相手など、大庵の人生では初めての事。

 牙琉響也は毎日来ると言っていたし、話たいとも思ったので、用事はなかったが、奴がいるだろう時間を見計らって足を向けた。
 相変わらず、数多のギャラリーに囲まれて歌っていた牙琉は、大庵の姿を見つけると、歌を止め彼の名を連呼する。一斉に向く視線は、羨望なのか好奇なのか大庵には酷く痛い。
 気恥ずかしさも手伝って、不機嫌な表情になっているだろうにも係わらず、牙琉の馴れ馴れしさは変わらなかった。
 そして気付く。
 おい、待て。いつの間にか、名前を呼び捨てだ。いつからそんなに親しくなったというのだろう。舐められては敵わないので、抗議のひとつでもしてやろうと、敢えて苗字を呼ぶ。
 しかし、返事は帰らなかった。
「ほら、!」
 代わりにきたのはギターだった。
 無造作に投げられたギターを慌てて受け取り、顔を上げれば其処にはニヤリと嗤う牙琉の挑戦的な笑みがある。
「やろうぜ、ダイアン」
 ゾクリと背筋が震える挑戦的な声と、舌なめずりをする表情が堪らない。しかし、ここで乗るのも酌に障る。
「お、俺はエレッチじゃないとのらねぇの。」 
「男が道具にこだわるなよ。中身で勝負だろ?」
 おい、お前の持ってるギターの名前と値段を言ってみろ。しかし、大庵の抗議は置き去りに、牙琉はひとりで走り出す。
 流石に奴のオリジナルじゃない、誰でも一度は聞き覚えがあるだろう、洋楽のフレーズだ。
 牙琉の口がら溢れ出す、歌詞はこんな場所で聞ける様なレベルの声じゃなくて、引き込まれるように、追われるように、大庵は指を動かしていく。

 そして、有り得ねぇと大庵は思う。

 大衆音楽だったはずのフレーズは、気付ばこいつのオリジナルに曲調をすり替えていた。それまで、馬鹿にしていたはずの陳腐な曲は、すんなりと自分の中に響く曲へと姿を変えて、重なる音は唯の音ではなくなっていく。
 好きだの嫌いだのと上っ面だけの軟派な気分は全くない。魂の根っこをむんずと掴まれたような、苦痛にも似た快楽は人生の中でも初体験だ。すげえと思う反面の、胸を射す痛みの理由は皆目検討もつかない。
 ただ追われるように、追うようにフレーズを紡ぐ。


 上昇しすぎたテンションが、曲の終わりと共にプッツリと途切れた。
 観客を置き去りにしたのだと気付いたのは、シンと静まり返った周囲の様子を、大庵が冷静に判断出来るようになってからだった。上がった体温も、急激に冷めていくそれを追うように発汗を即す。崩れかけていたリーゼントは、グシャリと潰した。
 長い黒髪がバサリと落ちる。それ越しに、横に並んで、両膝に腕をつっぱるようにしながら、呼吸を整えていた牙琉が顔を上げるのが見えた。
 同じように、汗にまみれた顔は、満足そうに笑みを浮かべる。

「…乗せ…やがった…な。」

 歯噛みするような大庵の台詞に、白い歯を除かせて、ふふと笑う。反動をつけ身体を起こして、大庵と視線を重ねる。
 金の髪が風に揺れた。
 
「やっぱ、アンタ、最高。」

 ちゅっと、大庵の唇に落とされたフレンチキスに、静寂を切り裂いて、悲鳴のような喚声が周囲に響いた。


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